「強迫症に対する森田療法」
舘野歩(東京慈恵会医科大学附属第三病院精神神経科・診療部長同大学精神医学講座・准教授)
1.強迫症とは
いわゆる強迫症(OCD:Obsessive-Compulsive Disorder)には、強迫観念や強迫行為、または両者の存在が、かならず付いてまわります。
この、強迫観念もしくは強迫行為によって、1日に1時間以上にわたる時間の浪費と、社会的・職業的な機能障害を引き起こすもの——それが強迫症です。米国精神医学会が作成した『精神疾患の分類と診断の手引き(DSM-5)』では、そのように定義されています。
少しくわしく説明しましょう。
2.強迫症の具体的な症状
強迫症の代表的な症状を、いくつか挙げます。
3.強迫スペクトラム障害とは
DSM-5(米国精神医学会・精神障害の診断・統計マニュアル第5版)では強迫症が、不安症群から分離されました。
つまり、醜形恐怖症(顔などが、みにくい、形が悪いという怖れ)・ためこみ症・抜毛症・皮膚むしり症などともに「とらわれ」や「繰り返し行動」を共有する、「強迫症および関連障害群」に位置づけられました。
しかし、DSM-5草稿の強迫スペクトラム障害(OCSD:Obsessive- Compulsive Spectrum Disorder)では、【図】で示したように、強迫症/強迫性障害と他の不安症/不安障害との関連性を否定しません。(なお、スペクトラムとは、いわば「境界のあいまいなようす」です。)
ふたたび【図】をご覧ください。
DSM-5草稿では、強迫スペクトラム障害をつぎの1と2に大別しています。
強迫症は、他の不安症と異なる点があります。しかし、不安症との関連性を否定できないと筆者は考えているため、今回はこの分類を元に、森田療法との適合および不適合について、論じていくことにします。
4.強迫スペクトラム障害に対する森田療法の適否の判断と治療目標
- 強迫スペクトラム障害に対する森田療法の適否
森田療法の創始者である森田正馬博士(1ページ参照)は、強迫観念症、普通神経質、発作性神経症を「とらわれ」の病理ととらえました。さらにそれを「神経質」と定義し、森田療法が有効であると説きました。
これはまさに「認知的強迫スペクトラム障害」と、ほぼ同じ概念です。森田博士のいう「神経質」とは状態像であって、症状の成立する心理機制(心理的メカニズム)や神経質性格を、すべて含めていました。
この神経質性格とは、几帳面・完全主義・負けず嫌いといった強迫性、強力性の面をもつ一方で、内向的・神経質・受身といった内向性、弱力性の両面をもつ性格を指します。
森田博士は、これら症状形成の認知的プロセスを、症状への「とらわれ」の機制が働いている、と説明しました。
「とらわれ」の機制は、「精神交互作用」と「思想の矛盾」に分けられます。 「精神交互作用」は、注意と感覚が悪循環的に作用して、症状が発展する機制です。
「思想の矛盾」とは、あってよい感情をなきものとして知性で排除しようとしてしまうその姿勢のことです。
森田博士は、強迫観念と比べて強迫行為は衝動的であって、「神経質」とは異質の「意志薄弱性素質」として、とらえています。ですから森田療法は効果がないと説きました。
ただ、森田博士はチック症などの共存障害に触れていないものの、認知的要素の乏しい、またはそれを欠いた強迫行為を描写しています。これは、「運動性強迫スペクトラム障害」に近いと思われます。
- 強迫スペクトラム障害に対する森田療法の治療目標
神経質性格を基盤に、症状に「とらわれ」ている患者に対して、森田療法はどのように対応しているのでしょうか。
森田療法では、不安に思って当然である不安感情は排除しようとせず、そのままにしておく、と考えます。そして、不安の裏にある「生の欲望」(よりよく生きたい欲望)を建設的な行動に生かすことを治療目標に据えます。
これを、ひと言で表わした言葉が、「あるがまま」です。ただ「『あるがまま』でなければ」と構えるのではありません。不安を抱えつつ建設的に行動していくプロセスが大事です。具体的な治療過程を、以下に説明しておきます。
なお、項目5の症例については、本人より掲載の承諾を得ています。項目6の症例については、プライバシー保護のため文脈を変えない範囲で修正をしています。
5.認知的強迫スペクトラム障害に対する「外来森田療法」の実際
症例Aさん 初診時60歳代 男性
【主訴】
胃部不快感から、自分が悪い病気なのではないかと心配になる。また、太ることへの心配から、ベルト穴の位置がきちんとしているかどうかの確認強迫行為をする。電気やガスの元栓の確認強迫行為がある。
【初診までの経過】
Aさんは、もともと神経質な性格でした。
結婚前の24歳のとき、中学生のころに性教育で見た梅毒のことを思い出しました。そのため梅毒検査を一回受けても納得せず、二回検査を受けたことがありました。その後は、梅毒恐怖の症状はなくなったそうです。
54歳のときに、実家の農業を引き継ぐことになり、公務員を退職しました。約2か月前、足に腫瘍らしきものが出来てから、また病気の心配をするようになり、他のメンタルクリニックへ通院するようになりました。そこでは、フルボキサミン(商品名ルボックス、デプロメール)50㎎、アルプラゾラム(商品名ソラナックス)0.4㎎を2錠処方されました。
1か月前には、胃部不快感から自分は癌ではないかと心配になり、別の病院内科で精密検査をしてもらいました。結果は、異常なしでした。
一方、2週間前の健康診断で、メタボリックシンドロームにならないためには、穴開きベルトにした方が良い、と言われたことを思い出しました。太ることを心配するようになったため、ベルト穴の位置がきちんとしているかどうかの確認強迫行為が始まりました。
そのうえ、電気やガスの元栓の確認強迫行為も多くなり、農業に支障が生じてきたため、森田療法を希望して当病院・精神神経科を初受診しました。
【初診時の診立て】
神経質性格を基盤に、強迫症状への「とらわれ」があることがわかりました。 ベルト穴の位置を確認することと病気を心配する裏には、体調に万全を期したい強い欲求があるからではないか。そう読み替えることができました。
そこで、強迫行為に費やすエネルギーを、いま必要なことに生かすよう伝えました。
しかし、Aさんは不安が先立って、すぐに実行出来そうではありませんでした。そこでフルボキサミンを増やして100㎎にし、まずは週に1回通院してもらうことにしました。
【外来での治療経過】
1週間後の受診時に、梨の収穫を中心に、1日6時間ではあるけれど、仕事をすることが出来た、と喜んで語りました。それでも、家にいるときは森田療法の本を読むことが多かったようです。
3回目の受診時には、仕事へ行くまで、電気やガスの元栓の確認をしてしまいますが、思い切って外出して農業に没頭すると、ベルト穴へのこだわりも忘れていると語りました。
4回目の診察時には、2か月ぶりにフルで仕事ができるようになっていました。 初診から約1か月半後には、農業をしつつ季節を感じるようになったとのことでした。
初診後、約2か月が経過した診察では、「以前は『あるがまま』にこだわっていた。今は『あるがまま』にとらわれず、物事に取り組める」と述べたので、これを支持しました。
こうして初診から約3か月後には、仕事以外の時間を森田療法の本を読むことに充てるのではなく、短歌や歴史の本を読んだり、むかし料理教室へ通っていたことを思い出して、料理をするようになった、と喜んで語りました。そして、ベルト穴の位置確認を切り上げることが自然にできるようになってきました。
初診から約4か月が経ったころのことです。年末の仕事納めの日に、車で肥料を畑に配分するときに、肥料を道路に落としたのではないかと不安になり、帰宅後、家族に確認をお願いしてしまったとのことでした。
これに対し、「肥料を落としたのではないかと思う背後に、仕事に対して万全を求める気持ちがあるからではないか。万全を求めるがゆえの不安なので、不安を抱えたままにして、家族には確認をしないように」とAさんに伝えました。
初診から約1年3か月が経過したときには、「いきなり気温が冬並みになってしまい、野菜の発育は悪いが、森田療法でいわれるように天気とケンカはできない。今できることをする」と語っています。
【不完全恐怖から発展した強迫症に対する外来森田療法の要点】
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患者は自分には何か欠けていると感じている場合が多いのです。
そのような「欠損モデル」でなく、不安の背後には「過大な生の欲望」がある(Aさんの場合、体調に万全を期したい強い欲求がある)という「過剰モデル」に読み替えます。
そのうえで、当然あってよい不安を頭の中で打ち消そうとしたり、強迫行為で打ち消そうとすると、ますます症状へ「とらわれて」しまうと伝えます。
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不安のままに建設的な行動をする(Aさんの場合は、農業に取り組む)ようにアドバイスします。
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感情体験を大事にします(Aさんの場合、農業で季節を感じる体験)。
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「あるがまま」にとらわれず本人の「~したい」気持ちを大事にして動くように勧めます。
- 強迫症状がふたたび出現したときに、再発ととらえません。万全を期したい気持ちが強まって不安が増大し、確認強迫行為が増えるという状態があることを、繰り返し伝えていくことが大事です。
- 森田博士は「自然服従」という言葉を使っていました。森田博士は「思想の矛盾を打破するには、いたずらに人工的なやりくりはせず、自然に服従すべし」と述べています。境遇に応じた臨機応変な態度を身につけることが、治療後半のテーマとなります。
6.運動性強迫スペクトラム障害に対する「入院森田療法」の実際
症例Bさん 40歳代 男性
【主訴】
繰り返し同じ行動をする。おもに、入浴に1時間半かかる。会話で言い直す。
【入院までの経過】
Bさんは16年前に大学を卒業して就職しました。就職2年目のときに仕事の負担が増えて、手洗い行為も増えるようになりました。さらに2年後には会話の言い直しが始まり、その2年後にやむなく退職しました。
以後、近くの医療機関で塩酸パロキセチン(商品名パキシル)20㎎、アルプラゾラム(商品名ソラナックス)1.2㎎の投薬を受けていました。
しかし、1年前からひとつひとつの行動に長時間かかるようになって、入浴には1時間半かかっていました。会話での言い直しもますます増えて、家に引きこもるようになりました。そのため、当病院・精神神経科の初診に至りました。
【初診時の診立て】
Bさんの病前性格は几帳面、完全主義です。会話の言い直しは吃音というよりは、完璧に会話をしたいといった強迫心性のひとつと考えました。しかし、繰り返し行為や洗浄強迫行為の不合理感は乏しく、症状への「とらわれ」は不明瞭でした。
正職につきたいため治療意欲があり、生活全般を立て直す目的で入院森田療法を受けることになりました。塩酸パロキセチン(商品名パキシル)20㎎、アルプラゾラム(商品名ソラナックス)1.2㎎は入院後も継続しました。
【入院後の経過】
臥褥(がじょく)最終日の入浴は約1時間でした。軽作業期では看護師の声かけもあり、少しずつ皆に合わせて動けるようになっていきました。
起床後4日目の面接で、左肩を動かしたり、首を急に動かすといった運動チック症が3年間続いていたことがわかったので、アリピプラゾール(商品名エビリファイ)6㎎を追加しました。
起床後16日目にはチックへの衝動が収まりました。入浴後、身体を納得するまで洗えているかを確認していたので、「汚れがついていない事実を見て、後ろ髪を引かれつつも時間になったら切り上げる」ようにアドバイスをしました。次第に入浴時間を40分くらいで切り上げられるようになりました。
起床後38日目の卓球大会では、言い直しはあるものの選手宣誓を行うことや、時間どおりに動くことができるようになりました。
症状レベルでは改善しており、Bさんの希望どおり、起床後49日目で退院しました。
【退院後の経過】
退院後、アルバイトを約半年間にわたって行えました。その後は地元へ帰ることになり、当院での診療を終了しました。
【運動性強迫スペクトラム障害に対するアプローチ】
選択的セロトニン再取り込み阻害剤(以下、SSRIという)(Bさんの場合はパキシル)に加えて、抗精神病薬(Bさんの場合はエビリファイ)を服用してもらい、強迫行為への行動面からのアプローチを行います。 具体的には、
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時間を味方につける。
- うしろ髪を引かれつつも、必要な次の行動へ踏み込むようにアドバイスをする。
7.まとめ
もう一度3ページの【図】をご覧ください。
認知的強迫スペクトラム障害には、SSRI(5-HT系。ここではルボックス、デプロメール、パキシル)の効果が示されています。また、運動性強迫スペクトラム障害には、ドーパミン(DA系)作動性(非定型)抗精神病薬(ここではエビリファイ)の効果が示されています。
一般的に、SSRIの強迫症に対する効果は、50〜60パーセントといわれていて、SSRIに反応しない強迫症に対して、抗精神病薬の服用による改善率は、40〜70パーセントと幅広くなります。
いずれにしても、これらの薬物療法で部分的に効果があっても、完全に強迫症状をなくせるわけではないのです。
SSRIや抗精神病薬を併用しても、取り切れない不安や症状への対処としては、どうするのか。筆者は、薬物療法の限界を踏まえつつ、建設的な行動に踏み込む森田療法が有用であると考えます。