不安神経症の部屋

不安神経症の部屋・2004年

Mtさんが森田療法の理論は頭でわかるのだが実行できないと悩んでいます。「10数年ぶりに森田を学びなおして、理論的にはだいたい理解できていると思うのだが、小さな実践しかできていない。なかなか恐怖突入ができていないように思う。・・・実際恐怖突入すると疲労困憊になる。胃腸神経症もあるので食べる努力が先かなとも思っている。・・」
Maさんは自分の経験をもとに次のように助言します。「このフォーラムにも登場しますが、若いMyさんやDi君なども不安障害でした。Myさんはあまりのしんどさに救急車で病院に運ばれたことがあります。薬を常に服用しなければやっていけない状況でした。話を聞くと、食は細く運動もあまりせず、仕事以外は家でジッとしているとのことでした。私は片道7キロの会社までの通勤を歩くように言いました。一緒に歩いたこともあります。私と一緒でとても早足で歩くことができないそんな状況は昔の私と一緒でした。方向もオンチで今自分がどこを歩いているのか解らないという有様でした。約三ヶ月で体力は回復し、今では私と同じ様に自転車で通勤しています。
・・また、20年近くうつで苦しんでいた45歳の私の友人も自転車をやり始めました。体力が増し、二ヶ月程前に彼の田舎まで片道約150キロを走破できるまでになりました。この頃の彼の悩みは、早朝覚醒で朝早く目を覚まして渋々自転車のロードーワークに出かけていたが、最近は朝目を覚ますのが大変で練習ができないと苦笑いを浮かべて言います。このようにうつにも効果があるのだと彼も気づき、こんなことならもっと早く私を真似ていればと悔しがります。Ntさんももし頑張れるようだったら毎日少しずつ時間を増やしていって行かれたらいかがでしょうか。」
まさに森田式運動療法、あるいは自転車療法とでもいうべき方法です。いずれにせよ一歩、一歩小さな恐怖突入を続けていくことだろうと思います。私はそれを人生の習慣作りとよく呼びます。またこのようなことはなかなか一人で続けることが困難です。Ntさんも書き込んでいるように、フォーラムで現状報告を時々されたらよいでしょう。本当はMaさんのように一緒に歩くなり、自転車に乗ってくれる人がいればよいのですが、どこにでもMaさんがいるわけではありませんから・・・。

Mpさんが次のような疑問を書き込んでいます。「・・”幼弱性”(あれもしたい、これも欲しいというような欲求、自己中心的な物の考え方など)って、一体どうすれば克服出来るのでしょう・・自分の神経症の根っこにあるのがこの”幼弱性”だと確信しています。どうもこの壁に突き当たってしまい、前に進めていないように感じます。幼弱性ってどのように突破出来るのでしょう?」
Maさんは次のようにレスポンスします。「・・要はいくら頭の中でこの問題を解決しようとしても駄目で、この様に具体的に活字に表現していくと、やがて「幼弱性」の持つ悪い箇所と良い箇所がきちんと整理されて成る程と理解できるようになりますよ」。さらに付け加えて「ものには全て両面があります。学習などではどうしても悪い面の矯正について強調しますので、私はどうかなあという思いです。実際の日常生活において、行動する中で、人間として自然な感情が流出していきます。ぜひ私のお話ししたメモを実際に実行して下さいね」
私もMaさんの意見に賛成です。また幼弱性という言葉はあまり神経質の本質を指しているように思えなくて、私はこの言葉を原則として使いません。それに類似した言葉として我執という言葉を使います。それはMpさんがいうように、すべてを思い通りにしたいという欲望、自己中心的な心のあり方を示します。しかしそこにはmaさんが言うように、違った側面があるのです。それは神経質者の持つ向上心、よりよく生きたいという欲望(生の欲望)です。この我執に内包する、そして本人がしばしば意識していない向上心を自分の苦悩、症状を取り除く方向でなく、自分を成長させる方向に向けることが本質的な我執(幼弱性)の打破につながるのです。

Ntさんが長らく不安神経症で悩んでいます。「私は現在47歳です。16歳で不安経症を発病。同時に食べられなくなり1週間前に胃腸神経症でもあるのだと気が付きました。発病以来たびたび不安発作に襲われます。・・34歳くらいから薬は一切飲んでいません。同じ頃知人から森田療法入門・神経質の本体と療法を薦められ発病から17年目でやっと自分の病気の正体がわかりました。34歳から41歳くらいまでは不安神経症はかなり快方に向かっていたのですが41歳のときに久しぶりに不安発作を起こしてから徐々に悪化最近では家にいても家内がいないと不安が起きるようになってしまいました。改めて森田療法を勉強してみようと思っています・・」
Ntさんのように思春期に神経症を発症し、それをなんとか成人になって克服したようにみえても、また中年になって再燃する人がいます。これらは増えてくるかもしれません。私たちの人生には、思春期—青年期、中年期、老年期という時期に心理的な危機を迎えます。しかしそれを克服することで青年期とは異なる深い自覚に達することも出来るのです。森田正馬先生自身も真の自覚に達したのは40歳も過ぎてからでした。Ntさんも、ここは初心に返り、もう一度森田療法を学ばれたらよいと思います。そしてまず目の前の出来ることを一つ、ひとつ粘り強く取り組んで行かれたらどうでしょうか。17年目でつかんだ自覚がさらに深まると思います。

Tnさんは下痢で悩みながら、一生懸命森田療法を学んでいます。「いましていることは、きにいった語録をいくつか紙に書き、ポケットに入れておき、気が付いたときに、症状が着そうなときに、ぽっけからだしてよんでいます。フォーラムのなかにもありました(森田から離れた生活)にならないように、体を前にだして、がんばっています。」
Maさんも次のように励まします。「・・森田語録をメモして持ち歩くことはとても良いことです。皆さんどなたも同じようなことをされ乗り越えられて行ってますよ。恥ずかしながら私も万年緊張しっぱなしで、同じくたえず下痢気味です。」
私も同感です。森田療法の知のあり方は行(行為)と密接に結びついているところにその特徴があります。このようにして日常生活の中で自分自身の認識を深めると共に、それを行為として表現し、そこでの経験がその認識をさらに深め、それがまた行為として表現されていくのです。

Kgさんは不安神経症で悩んでいますが、ここでは薬を止めたい、という書き込みをしています。いつ薬を止めるのか、という問題は不安や抑うつで悩む人たちの一般的な問題ですので、ここで取り上げてみましょう。「・・今日は薬のことでご相談なのですが、今現在デパスという抗不安薬を一日1錠飲んでいます。その薬がどうも最近以前ほど効かない感じがしています。(こういう薬はだんだん同じ量では効かなくなってしまうのか!?)もし、あまり効果が期待出来ないなら、いっそのこと少しづつ減量していけたら・・と考えています。ただ、3ヶ月前に一度思い立って突然断薬を決行した時、非常に苦しくなって1ヶ月で再び飲み始めるとういう経験をしていますので、今度は慎重に行いたいと思っています。もし、断薬経験のある方をご存知でしたら、どのような経緯でどんな風にやめていったかの経験談を聞きたいです。今はまずは、焦らず体力作りからと思っています。・・」
Maさんは他の人の体験や自らの経験をもとに助言します。
「・・彼ら二人が薬を止めたのも森田先生の教えである《森田療法とは》の《神経質講義》をしっかり掴んだ上で、日々勉強を積み重ねた結果です。森田療法の勉強に加え、私はお二人に基礎体力をつけなさいと言いました。・・断薬の問題は身体が出来上がってからのことです。しっかりと頑張ってやってみて下さい。」
このように薬を止めるには、それなりの準備が必要です。焦って止めようとすると、Koさんの苦い経験のように再び薬に頼らなくてはならなくなります。抗不安薬には退薬現象があり、薬を止めたために症状が悪化するように感じる場合も多々あります。そして今まで以上に薬に頼ってしまうのです。
原則は、担当の先生と相談しながら、徐々に行うこと、薬を飲む、飲まないよりも、まず健康的な生活を送ることを心がけることです。それがMaさんのいう体力作りに当たります。そしてこの時期にしっかりと森田療法を学び、しっかりとした認識が出来たら、それこそ自然に薬を止めることが出来るのです。くれぐれも薬を止めることを人生の目的にしないこと、新しいとらわれを作ります。つまり薬ノイローゼです。

Mpさんが行き詰まってしまいました。「・・私は元々心臓神経症ですので、それ以来脈を計ったりと、自分の心臓がまた気になり始めてしまったのです。でも次第にこれが以前苦しんだ悪循環だということが分かってきましたので、(分かっていながらも止められなかったといいましょうか)心臓へのこだわりは今ではほとんどありません。ところが、それと前後して神経症の様々な症状が出てきました。それらも自分の意識の問題だと分かっているのですが、今症状があるかというのが生活するうえで重要要素になってきてしまって、・・・何でも神経症回復につなげて考えてしまうのです。・・森田を理解していればこんな欲ばりな気持ちにはならないと思うし、こんなことではいつまでも悪循環から抜け出せないのでは?という気分本位な考えも浮かんできます」
Maさんは台風の時に福井に行っていたそうですが(大変でしたね!)、その体験をひきながら次のように助言します。「・・恐らく被災された方は、ただオロオロされるだけでなく具体的に避難し難を逃れるだけです。この様な立場に立たされた方は、はからっている暇もありませんから直ちに安全な場所へ避難を開始されます。このとらわれとはからいの悪循環を断つことはMpさんが頭で考えるほど難しい問題ではありません。私からすれば、そのことが解らなければ、現実にそのことが解る人に直にお会いしてその方の態度を観察され、その方のアドバイスに素直に従われることです。私もそうですが、結局、この悪循環を断てない自分は強情以外何者でもなかったと解るのみでした。いくら頭でこのことを理解しようとしても実際にその場に遭遇して具体的にテキパキ手を出せるようにならないと難しいものです。」
Moさんはとらわれ、はからいはじめたときの対策を次のように助言します。
「1:ここまでくると、思考の癖が出来上がっているので執着を取り除くには時間が必要。長丁場になることを覚悟すること。でも絶対に解放されるので、自分自身と、森田を信じること、
2:不快な気分に襲われたら自分なりの呪文(?)をとなえること ちなみに私の呪文は「そのままにするが良い、そのままじゃ、そのままにしておくことじゃ」森田先生書籍より、
3:我慢をして、辛い時期をなんとかしのいでいくこと。症状はあって当然のものと心得る事、この言葉は私には非常に重みがあります。辛い時、「これはあって当たり前のことなんだ」と自分を納得させると、ふさぎこんだ心を元気にしてくれます。」体験に裏打ちされた貴重な助言です。
Tnさんは「Mpさんも 後ろばかり見ていないで 前を見てゆっくり歩けるといいですね 誰でもぶり返しはあるようですよ」と書き込みます。
皆さんの助言通りです。まずはとらわれ、はからいに気づくこと、症状は当分はあるものと覚悟すること、そして症状と闘うことを降参すること(これはどうしようもないことですので)、出来ることを一つ、ひとつ取り組んでいくことだと思います。
そして行きつ戻りつしながら人は自覚を深めて行くのです。そのような意味では自分の自覚、理解を深めるよいチャンスと考えること、発想の転換も大切です。

Kgさんがさまざまな症状で悩んでいます。症状はいろいろと変化するようです。「・・、予期不安も含めて不安感というものは殆ど無くなっています。あんなに困っていた動悸もなりを潜めています。その代り、非常に対人緊張が強く、人と話す時は勿論、お茶を飲む時も緊張でカップを口に運ぶことが出来ません。・・」。
これはよくあることで症状の変遷と呼びます。しかし根っこは同じで、やはり不安、緊張のとらわれてしまうことにあります。いずれにせよ、Maさんもいうように、完全主義的な傾向がKgさんには強そうです。何か悪いところを見つけて、悲観してしまう、部分を見て全体を見ないという傾向です。不安障害から回復するのは、決して一直線には行きません。このフォーラムでも書かれているように、七転び八起き、行きつ戻りつしながら次第にさまざまなことを学び、自分の知恵としていくのです。そしてDiさんのいうように「一緒に学んでいく心」やSoさんのいう「転びながら学ぶこと」も大切です。

Kgさんは不安神経症で悩んでいます。「・・3年前にスーパーに買い物に行ったおり、突然激しい動悸と息苦しさ、強い不安感にみまわれました。その後、外出するたびに不安感と動悸に悩まされるようになりましたが、森田療法の本を読み、自分なりに努力した結果、1年程で徐々に症状は消え、以前通りの生活が出来るようになりました。しかし、昨年の10月の引越しをきっかけに、再び強い不安感と動悸などに悩まされるようになりました・・」と書き込みます。そして森田療法をしっかりと勉強はじめたようです。それはここ1ヶ月の熱心な書き込みで知ることができます。
ここで取り上げる疑問は次のようなものです。「・・・どのように何を注意すれば、成功体験を体得できるのでしょうか?今の私は、まさしく後者の努力、失策、不成功の反復になってしまっているので、折角努力するのであれば、成功する事によって勇気と自信を養成したいのです」
Maさんは次のようにコメントを出します。「・・まさに神経質者といった感があります。(笑い)裏を返せば、成功しないのならやらないに通じますからご注意下さい。・・森田先生は『努力即幸福』という言葉をお使いになって私達神経質者に諭します。私達は結果ばかりを追い求めるものですから、良い結果が得られなければすぐに落胆します。森田先生は、結果よりもその時その時、努力する姿そのものが幸福なのであると言われます・・」
そうです。不安はあるものと心に定め、一歩、一歩目の前の出来ることに取り組んでいくことが努力即幸福に通じる道だと思います。すこしでも前に進んでいる感覚がいずれ自分の「生きる欲望(生の欲望)」をさらに自覚させるのです。

Taさんが薬を飲もうか、飲むまいか悩んでいます。「・・アメリカ生活を終え、先日、無事日本に帰国し、大学の仕事に復帰しました。2年前の講義中のパニック発作以来不安神経症になっていたのですが、アメリカでは薬を飲まずに生活したし、これからは緊張してもパニックになってもいいから、薬を飲まずにいこう、と決めて実行しました。多少の緊張はあったもののパニックもなく無事に講義はできたのですが、講義前の緊張感がものすごく、体ががちがちになるし、また終わったあとも、気が晴れるよりむしろ次の週の講義が不安になったりして、休日でも予期不安が離れません。これならいっそ休みのときくらいは薬でリラックスして楽に過ごしたほうがいいのでは、とさえ思えるのです。それでも「あるがまま」に不安の中にいたほうが良いのでしょうか?」
パニック障害、あるいは不安と薬物の関係はいつも問題となります。私は一部の精神科医が言うように、薬物のみではパニック障害の治療は出来ないと考えています。一方急性期には薬物療法は必要だとも考えます。急性期の強烈な不安をそのまま放置すると、うつ状態を引き起こす危険性もあるからです。
しかしTaさんのような場合は、Maさんも言うように、根本的な解決のよいチャンスとも考えられます。しっかりと不安と直面し、感情の法則を体験できれば、自ずから心は現実への健康な欲望の発揮に向かって行くでしょう。

Emさんが会社を休んで悩んでいます。「・・もうここで会社を辞めたい気持ちです。徹底的な私の欠点は自分で決めれないことです。これから先もいろんなことがある時に誰も助けてはくれないのです。友達に言われていたことが今、すっごく分かります。『誰になんと言われてもいいや』というからっとしたところがなくて辛いです。」となかなか自分を受け入れられない悩みを書き込みます。
Maさんは次のように書きます。「はい、私もからったしたところがありません。昔はそんな性格が嫌で嫌で堪りませんでした。嫌だ嫌だと自分を責め続け、自分の首を締め付けていったのです。森田を学んでからは、自分のそんな性格を仕方がないと渋々認められるようになっていきました。今はどうかといいますと、からっとしないその性格にも良い点がいっぱいあることが解ります。人にはないなかなか得難い存在です。・・」
つまり自分のことを嫌だ、嫌だといっているうちは、益々自分を追いつめ、自分で自分の不安、落ち込みを作り、そしてそのような自分がさらに嫌になるのです。それが悪循環です。
その問題の解決をEmさんは自分で見つけました。「Maさん、有難うございます。なんとか逃げずに乗り越えています」というタイトルで書き込みをします。それがつまり自分を好きになる方法、あるいは悪循環を打破する方法なのです。

森田療法では一般に過去の出来事は不問とし、「今ここで」生きることに注意を向けるように助言します。しかしわれわれは過去、現在、そして未来へと流れる時間のなかで生きており、事態はそう簡単ではありません。
Skさんはこういいます。「・・・私も過去のことを話すことで少しでもあるがままに受け入れられるようになりたい・・と、安全に話すことができそうな場を以前探したことがあるのですが最近になって そのような場を得ることができました。遺児の心のケアに長く携わっているかたなので安心・・とはいえ、まだまだ過去のことを話すことに抵抗があり、本当に身震いする思いです。話せたとしてもまた重い気持ちになるでしょう・・。当日行けるか・・も自信がないくらい緊張します。(話そうと思うことを準備はしていこうと思いますが)それでも過去のことを整理する機会になれば行ってきたいととは思っています。森田先生の「過去に問うな」をそのまま読むならば、過去のことを思い出してつらい気持ちになるなんて 症状を固着させるだけでは・・?とも思います。でも、Maさんのおっしゃるように過去を事実として受け止めるきっかけになれば意義のあることなのかなぁと・・」
私たちが過去にとらわれ、それを苦しむときにはどうしたらよいのでしょうか。まずそれを振り払うのではなく、skyさん、そしてMaさんのように、過去の事実は事実として認めていくことです。それには時に過去を語ることが必要になってきます。その場合共感的な聞き手が必要であり、生活の発見会などの自助グループが役に立つでしょう。
他はいうまでもなく、「今ここで」をしっかり生き抜くことです。これらが組み合わさってこそ、われわれは過去へのとらわれを抜けることが出来るのです。

Lbさんが次のように書き込みます。「不安神経症になって20年近くになります。森田の勉強も同じだけしてきました。・・でも最近実感していることがあるのです。・・ちょっとしんどくても行くべきだと思ったら、いやな気分を持ちながら行きます。そうすると、帰りには行ってよかったということになるのですね。こういう感覚がこの年になってはじめてわかりました。苦手な掃除でも、前には気持ちを奮い立たせて始めていましたが、今は、気持ちはどうあろうと、今の時間にしとかないといけないんだと、いやいや始めます。そうすると、だんだんはずみがついて、ちゃんとできるし、気持ちはいいし。・・」
私もこの認識はきわめて重要だと思います。つまり「気分」と「行動」を分けるということです。
Hiさんが、「Lbさんの状態をみると決して良くなっているとは思いません。・・何故森田をつづけるのですか?いや、つづけることができるのですか?」と疑問を呈します。Lbさんは次のように答えます。「・・やっぱり森田かあって感じで帰ってきています。最初の4年ほど、熱心に集談会に通っていましたが、元気になって、月刊誌を読むだけの時が長く13年くらいありました。良くなってないといえば、良くなってないかもしれないけど 人間の幅は確実に広がったよなあと思っています。・・」
私たちは誰でも思春期、青年期、中年期と、その人生の節目、節目で悩むものです。そしてその人の危機の様相によって森田に一生懸命取り組む時期と森田から離れる時期もあります。しかし森田に何らかの形で学び続けることで、それらの危機を乗り越えていけるのだ、と思います。それと共に森田への理解が深まっていくのです。